独占欲

 夜遅くに寮へと帰ってきた阿含は物音を立てないようにこっそりと部屋のドアを開けると中から光が漏れてきた。
 早寝早起きを常に心がけている雲水がこんな時間まで起きてるなんて珍しいと思いながら部屋に入ると雲水は机に伏せて眠っていた。

「こいつがこんな時間まで起きてるはずねぇよな」

 苦笑いを浮かべながら雲水を起こそうと机まで近づき、ある物が目に入ってきた。

「こんなもの見てたのか」

 机の上に広げられたアルバム。

そこには中学にあがりアメフトをはじめたばかりの頃の自分たちが写った写真。

「不純な動機で始めたのにな…」

 写真を見ながら阿含はアメフトを始めると宣言したあの日の事を思い浮かべた。



        ☆☆☆☆☆☆☆



 女の家に泊まり歩くのにも飽きてきた阿含は約半月振りに家へと帰った。

「あら、阿含久しぶり。今回は早かったわねー」

 家の中に入ると居間でテレビを見ていた母親がのんきに声をかけてくる。
 未成年の子供が半月も外泊していたというのに…とても親が言う言葉とは思えない。

「雲水は?」

 でもそんなことにはもう慣れてしまっている阿含は特に気にせず冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出し、そのままがぶがぶ飲みながら問うと母親は呆れたように大きなため息を吐いた。

「あんたねー、ただいまも言わないでいきなり雲水?女遊びを覚えたんだからそろそろ雲水離れしなさいよ」
「うるせぇな!俺は雲水はどこかって聞いてるんだよ!」
「ちょっと!お母様に向かって何その口の聞き方!」
「お母様ってキャラかよ、このクソババア!」
「〜〜〜〜〜っ!マジむかつく!雲水は部活よ、ぶ・か・つ!だからまだ帰って来てません!そんなに雲水の帰りが待ち遠しかったら玄関で三つ指そろえて待ってたら?そろそろ帰って来るから!」
「ああ!そうする!」

 阿含はそう言うと玄関へと向かった。
別に母親が言ったとおり『三つ指そろえて待つ』つもりではない。
今母親から聞いた『部活を始めた』という事を問い質すためだ。

(俺に何も言わないで部活なんて始めて)

 何とも勝手な怒りだが雲水一直線、激ブラコンの阿含にとってはこれは一大事な事件なのである。



      ☆☆☆☆☆☆☆☆



 やけに時が過ぎるのが長く感じたがようやく雲水が帰宅。
玄関で仁王立ちする阿含を見て何も知らない雲水は「ただいま」と笑う。
その笑顔に燃えあがっていた怒りの炎が消えそうになるが気合でなんとか持ちこたえる。

「雲水。ちょと来い!」

 雲水の腕を掴みそのまま自分たちの部屋へと強制連行する。

「おい!阿含!いきなり何なんだよ?」

 何が何だかわからない雲水が困惑したように問いかけてくる。

「うるせぇ!お前が俺に隠し事してるからじゃねぇか」
「は?隠し事なんてしてないぞ?」
「してるじゃねえか!部活始めてたなんて俺知らなかったぞ!」

 吐き捨てるように言う阿含に雲水は思いっきり脱力する。
 阿含が雲水に対して怒るのはあまりない事なので部屋に連行された時は一体何事かと内心ヒヤヒヤしたが…なんとまあ蓋を開けてみれば実にくだらない理由。

「何とか言えよ!」

 でも、そんなくだらない理由でも阿含にとっては大事な事なのかな。

 最近女の人と遊んでばかりですれ違いが多かった雲水は阿含の独占欲がちょっと嬉しく感じた。

「別に内緒にしてたわけじゃないぞ。何度も報告しようと思ったけどお前家には帰ってこないし…学校にも来ないじゃないか」
「……それは」

 確かにその通りなので何の反論も出来ない。

「携帯に電話したんだけど留守電で繋がらないし」
「……………」
 確かに家から何件か着信があったけど面倒くさくて出なかった記憶がある。
どうせ母親からの電話だと思ってたから…。雲水の電話だと分かってたら絶対に電話に出たのに…。

 すべて自分が悪かったと反省した阿含はさっきの勢いはどこへ行ったのかすっかり大人しくなってしまった。

「部活って何部に入ったんだ?」
「アメフト」
「…楽しい?」
「すっごく!先輩はみんな良い人たちだし…練習はきついけど楽しい」

 今日はどんな練習したとか、部活の先輩がどうしたとか、熱く語る雲水に鎮火した炎がまたメラメラ燃えあがる。

(俺の知らない雲水を他のやつが知ってるなんて…!)

 拳をぎゅっと握り締めながら阿含は決心した。

「俺もアメフト始める!」



    ☆☆☆☆☆☆☆☆



 スポーツとか汗流して青春!なんて馬鹿馬鹿しいと思ってたのに高校に入ってもまだ続けてるのなんて自分でも意外だ。
…まぁ、雲水がまだ続けてるってのが一番の理由だけど、でもそれを除いても楽しいと思う。

「あの時の雲水の顔…忘れられねぇな…」

 アメフトを始めると宣言したあの日。
雲水は嬉しそうな…少し悲しそうな複雑な表情で笑っていた。

 幼い頃から比べられて来て辛い思いをしてきて、やっとアメフトで一番になれると思っていたのかもしれない。

 雲水のそんな辛い気持ちはよく分かるけど…でも自分から離れていくのを黙ってみているのはそれ以上に辛いんだ。

(一生、離してやんねぇ)

 阿含はうっすらと笑みを浮かべると、気持ちよさそうに眠る雲水の頬に優しくキスを落とした。





またまた夢見がちなSS…
そしてまた嫉妬阿含…ホントに大好きなんです。




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